<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" 
			xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" 
			xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/?xml">
<title>sunano</title>
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/</link>
<description></description>
<dc:language>ja</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-176.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-175.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-174.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-173.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-172.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-176.html">
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-176.html</link>
<title>「こころの宇宙」　第9回　－創世神話に描かれた神々ー　Ⅸ </title>
<description> 　このことについて、心理学者のユングは次のように語っています。　神は一切の罪を人間になすりつけた。全能神におけるこの自己認識の欠如を埋めるものは、人間の意識をおいて他にない。だから神は人間の姿となって地上に現れなければならなかった。　神が人間の姿となるということは、善性も悪性も同時に兼ね備えているということですね。つまり、悪性＝欠点を持たないー全能であるーという事実が既に人間であることを否定してし
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/angel.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/angel.jpg" alt="angel.jpg" border="0" /></a><br clear="all" /><br /><br />　このことについて、心理学者のユングは次のように語っています。<br /><br />　神は一切の罪を人間になすりつけた。全能神におけるこの自己認識の欠如を埋めるものは、人間の意識をおいて他にない。だから神は人間の姿となって地上に現れなければならなかった。<br /><br />　神が人間の姿となるということは、善性も悪性も同時に兼ね備えているということですね。つまり、悪性＝欠点を持たないー全能であるーという事実が既に人間であることを否定してしまうわけです。ユングは、神が自分の罪ー人間に一切の罪を被せてしまったことーを認識するために、人間の姿となって地上に現れなければならなかったと表現しています。このように神々が人間の姿をしているー擬人化され人格神になっているーということは、実は人格神を通して悪性を持っている私たち人間の内に、神性が宿っていることを体験するための手段なのです。ヨハネ福音書では更に、「命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝たなかった」と書かれています。光(神性）、闇(罪）このニ面性の間を私たち人間は常に行ったり来たりしていますね。人格を持つ神々は、私たちの持つ光の側面ー神性を体現するために地上に現された一つの方便であるわけです。<br /><br />　松村武雄氏は、日本の神話の研究第二巻の中で、日本の古典神話の神々について次のように語っています。<br /><br />　　ゆくゆくは一つのコスモスが凝固、生成するところの「場」として、若しくはより適切には、ゆくゆくは凝固、生成するところの一つのコスモスの、前以ての提示として提案されたものである。<br /><br />　生成するところの一つのコスモスの、前以っての提示ーここでは原初の神々はその人格のヴェールを剥ぎ取られ、北欧やペルシャ神話に描かれている宇宙卵のような混沌とした状態に還元されていますね。ここに記されているように、原初の宇宙創成には人格神の関与する必然性はありませんでした。神話に登場する神々や巨人は、神話の語り手が意図的に私たちの内部にあるイメージを人格化していったものと考えることができます。<br />語り手によって人格化された神々が創造主であり、自分がその被造物である限り、私たちの犯した罪は常に神によって贖われ、私たちの神性は必ず神によって明らかにされることになります。私たちは語り手によって人格化された神々に、自己の姿を投影することによって、内にある神性に目覚め、それを実生活の中で実現しようとしてきたわけです。このように考えると、神話とは人間の内に潜む生成発展の法則の隠喩であるということに気付きますね。神話に登場する神々は、この法則を実現するために人間の姿を取って地上に現れざるを得なかったのですね。<br /><br />　今回を持ちまして「こころの宇宙」の第一章「創世神話に描かれた神々」を終了しました。記事を読んでくださった方々、本当にありがとうございます。次回からは第二章「無」からの宇宙の誕生に入ります。<br />尚、冒頭の画像はウイリアム・ブレイク（William Blake, 1757～1827年）の「悪い天使と良い天使」です。ブレイクはイギリスの画家兼詩人であり、銅版画の製作にも携わっていました。「悪い天使と良い天使」は人間のこころの善悪の二面性の葛藤を描いた水彩画です。<br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>マイ・ライフ</dc:subject>
<dc:date>2008-05-05T19:46:53+09:00</dc:date>
<dc:creator>マンリーコ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-175.html">
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-175.html</link>
<title>「こころの宇宙」　第8回　－創世神話に描かれた神々ー　Ⅷ </title>
<description> 　   　　初めに言（ことば）があった。言葉は神と共にあった。言は神であった。　すべてのものはこれによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかっ　た。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。　そして闇はこれに勝たなかった。　新約聖書のヨハネ福音書の一節です。ここには「初めに言があった」と書かれていますね。この言葉の意味は一般的に神ーイエス・キ
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　 <a href="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/661.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/661.jpg" alt="661.jpg" border="0" /></a><br clear="all" /><br /><br /><br />  　　初めに言（ことば）があった。言葉は神と共にあった。言は神であった。<br />　すべてのものはこれによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかっ　た。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。<br />　そして闇はこれに勝たなかった。<br /><br />　新約聖書のヨハネ福音書の一節です。ここには「初めに言があった」と書かれていますね。この言葉の意味は一般的に神ーイエス・キリストと解釈され、イエス＝言葉の永遠性を表しているとされています。<br />　ではここで言＝言葉の意味を考えてみましょう。私たちは、日常のコミュニケーションを殆どの場合、言葉で行っています。言葉によって自分の意志を伝え、意識の世界を把握し、確認していきます。つまリ言葉は意志伝達の手段であり、私たちは言葉によって意識の世界を理解することができるのですね。意識は言葉によって認識されているわけです。<br /><br />　ところで私たちは、周囲の現象に名称を付けることー言葉を与えることによって、他の現象と区別していますね。この方法は民族や国家によって異なり、様々な言語を産み、異なった文化や思考様式を生んできました。<br />しかし、言葉というフィルターを通す以前には、総ての現象は境界線のない連綿とした状態ー混沌として一つの塊のような状態で存在しているのです。そして、意志の力＝言葉ーこころの内部の要因によってこの混沌とした状態を形造り、世界が形成＝把握されていくことになります。このことは、内に創世の要因を含む宇宙卵の誕生という考え方によく似ていますね。勿論この場合は、世界が既に現象化されていることが前提となりますね。<br /><br />　こう考えていくと、創世の要因を内部に持つ宇宙卵や巨人、そして神々もこの言という一言に置き換えてみることができますね。言はあらゆる現象の生成発展の法則を表しているということができます。<br />旧約聖書の中には、「この言は初め神と共にあった。言は神であった」と記されています。ここで言の擬人化が行われ、言は世界各地の創世神話に描かれる神々のように、人格神となっていますね。さて、何故私たちはこうも擬人化された神々ー人格神を必用としてきたのでしょうか。<br /><br />　　第9回に続く<br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>マイ・ライフ</dc:subject>
<dc:date>2008-05-05T09:47:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>マンリーコ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-174.html">
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-174.html</link>
<title></title>
<description> 　ここで日本の創造神話の例を挙げてみましょう。　　臣安万呂が申しあげます。およそ宇宙の初めにあたっては、混沌とした天地万物の根本が　とうとう凝り固まりましたが、万物の生命のきざしとかたちは、まだはっきりと現れてはいませんでした。　それは何とも名づけようもなく、どういう働きをしているのかもわかりません。誰がそのほんとうの形を知りえまし　ょうか。しかしながら、やがて天と地とが初めて分かれますと、天之御
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　ここで日本の創造神話の例を挙げてみましょう。<br /><br />　　臣安万呂が申しあげます。およそ宇宙の初めにあたっては、混沌とした天地万物の根本が<br />　とうとう凝り固まりましたが、万物の生命のきざしとかたちは、まだはっきりと現れてはいませんでした。<br />　それは何とも名づけようもなく、どういう働きをしているのかもわかりません。誰がそのほんとうの形を知りえまし　ょうか。しかしながら、やがて天と地とが初めて分かれますと、天之御中主神（あめのみなかぬしのかみ）、高御　産巣日神（たかみむすひのかみ）、神産巣日神（かむむすひのかみ）の三柱の神が創造の初めとして現われ、　また陰と陽とがその時別になって伊耶那岐（いざなき）、伊耶那美（いざなみ）の二神がすべてのものの生みの　親となったのです。<br /><br />　これは、八世紀初頭に成立した日本最古の歴史書「古事記」上巻、序の冒頭部分です。ここから伊耶那岐、伊耶那美の二神による日本の国造りが展開されていきます。<br /><br />　宇宙の創成ー漢民族の神話に語られている巨人や「古事記」の創造神は、世界＝宇宙の創造者という点では同じものですね。これらの創造者は宇宙の創成を語った人々の内部にある同一のイメージを別の形で表現したものであると考えることができます。更に、中国の神話と「古事記」の記述を内部の要因による宇宙の誕生という観点から捉えていくと、北欧やペルシャの神話に描かれた「無」－原初の混沌に内在する要因による宇宙の誕生と全く同じプロセスを表現したものになります。つまり、北欧やペルシャの神話に描かれた内部の要因ー形にもならず、はっきりと知覚することができないものーが中国の神話では盤古となり、「古事記」では伊耶那岐、伊耶那美の二神と表現されたわけですね。<br /><br />　ここでは原初の混沌とした状態の中にある生成発展の要因が、擬人化されているわけです。私たちは古くから周囲のものや出来事の背後にある大きな力を感じて、これらの現象を擬人化することによって、その現象の意味を攫もうとしてきました。ものや出来事を擬人化するということは、現象に自分の感情や思想を投入して、そこに独自の意味を見つけて、現象の背後にある大きな力を知ろうとすることです。このようにして擬人化された現象は、民族に固有の人格神となって独自の行動を引き起こし、この人格神の行動様式が、人々の日常の生活の行動を決めていくことになります。農耕民族のアニミズムはこのことを顕著に現している一例ですね。古代文明には、必ずといって良いほどその文明に固有の神ー人格神がありますね。文明が始まって以来、私たちは常にこのことー神々の創造を実践し続けてきたのです。私たちは現象を擬人化することによって、神話を作り、同時に神話を体験してきたのです。<br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2008-05-04T22:16:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>マンリーコ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-173.html">
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-173.html</link>
<title>「こころの宇宙」　第6回　－創世神話に描かれた神々ー　Ⅵ </title>
<description> 　さて、ここで別の神話の例を取りあげてみましょう。　それはそれは大昔。　天地はいまだ開けず、この宇宙は混沌として闇に包まれ、ちょうど大きな卵のようでした。　その巨大な卵の中に、一人の巨人が眠っていました。　それが盤古です。盤古はみじろぎもせず、こんこんと眠り続け、眠りながら、しだいに成長していきま　した。　そうしておよそ一万八千年。　巨人盤古は、長い眠りからさめました。両の眼を開き、あたりをみまわ
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/31070935.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/31070935.jpg" alt="31070935.jpg" border="0" /></a><br clear="all" /><br /><br />　さて、ここで別の神話の例を取りあげてみましょう。<br /><br />　それはそれは大昔。<br />　天地はいまだ開けず、この宇宙は混沌として闇に包まれ、ちょうど大きな卵のようでした。<br />　その巨大な卵の中に、一人の巨人が眠っていました。<br />　それが盤古です。盤古はみじろぎもせず、こんこんと眠り続け、眠りながら、しだいに成長していきま　した。<br /><br />　そうしておよそ一万八千年。<br />　巨人盤古は、長い眠りからさめました。両の眼を開き、あたりをみまわせば、上下、四方何一つ見え　ずただ　真っ暗な、どろどろした世界だけ・・・。<br />　巨人は息のつまりそうな、このうっとうしさと、かぎりないゆううつさのために、とうとう耐え切れず、両　腕を突　　　　　き出し、両足をふんばって、「えいっ」とばかり立ち上がりました。<br />　大音響がとどろき、巨大な卵が破裂しました。<br />　何万年も動かなかった混沌たる暗闇が、ゆるやかに動き出しました。<br /><br />　これは中国の漢民族の間に伝わる神話です。広大な国土と悠久の歴史を持つ中国。文献に残されている最古の中国の神話は周代（紀元10世紀頃）の「詩経」に見ることができます。「詩経」には殷の王が鳥から生まれたという伝説が記されています。当時の中国では漢民族以外には文字を持っていませんでしたが、他の民族の神話も交渉で伝えられ、現在に残されています。<br /><br />　さて、漢民族の神話では混沌とした宇宙ー宇宙卵が宇宙の起源であると書かれていましたね。この点では、北欧やペルシャの神話と同じですね。しかしここには盤古という巨人が登場います。そして宇宙はこの盤古の胎動ー動きによって形成されたと書かれています。突然盤古という巨人が出現して、宇宙を形成していく。<br />さすがにこれは、荒唐無稽な感じを受けざるを得ませんね。しかし世界の神話の中には、このような創造神による宇宙創成の物語が数多く存在しています。<br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>マイ・ライフ</dc:subject>
<dc:date>2008-04-28T14:34:38+09:00</dc:date>
<dc:creator>マンリーコ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-172.html">
<link>http://maskball2002.blog84.fc2.com/blog-entry-172.html</link>
<title>「こころの宇宙」　第5回　－創世神話に描かれた神々ー　Ⅴ </title>
<description> 　ここでもう一つ神話を引用してみましょう。　そこにあるのは、色でも形でもありません。では、何もないのでしょうか。いいえ何かがあるのです。何色もないのでしょうか。いいえ、色が現れる前の混沌とした彩りはあるのですが、しかし人の目に映る色でも、形でもありませんでした。かぎりなくこまやかな粒子の集合、清らかな霧か霊のようなものが宇宙を満たしていました。そのまま三千年の時が流れます。人には想像もできない大き
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/30945729.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-23.fc2.com/m/a/s/maskball2002/30945729.jpg" alt="30945729.jpg" border="0" /></a><br clear="all" /><br /><br />　ここでもう一つ神話を引用してみましょう。<br /><br />　そこにあるのは、色でも形でもありません。では、何もないのでしょうか。いいえ何かがあるのです。<br />何色もないのでしょうか。いいえ、色が現れる前の混沌とした彩りはあるのですが、しかし人の目に映る色でも、形でもありませんでした。<br />かぎりなくこまやかな粒子の集合、清らかな霧か霊のようなものが宇宙を満たしていました。<br />そのまま三千年の時が流れます。<br />人には想像もできない大きな形ー宇宙は、産み落とされた鳥の卵、巨大な鳥の卵の形をしていました。<br />卵の形をした宇宙の中に森羅万象が眠っている三千年！それが過ぎた時、初めてものの形が見えはじめてきました。<br /><br />　これはペルシャの神話です。ペルシャといえば、現在のイラン周辺になりますね。厳しい自然ー砂漠の地で生きているイランの人々は、古代から善（アフラ・マスダ）・悪(アングラ・マイニュ）の二神を持つゾロアスター経を信奉してきましたが、七世紀にマホメットが出現して以来、人々は一神教であるイスラム教へと改宗していきました。それでもペルシャの神話の中では善･悪ー光と闇の二元論が現在でも語り継がれています。<br />　<br />　この二つの神話を比較してみると、共通点が多くあることに気付きますね。どちらの神話にも最初には何もなかったと書かれています。しかし、そこには全く何もないというわけではなく、僅かながらにも存在しているものがあります。これは、はっきりと知覚することが出来るものではありませんが、北欧の神話では「ぼんやりとした形のかたまり」と「ギンヌンガの裂け目」、ペルシャ神話では「見ることのできない混沌とした彩(限りなこまかな粒子の集合、清らかな霧か霊）」と表現されています。このはっきりと知覚することができずに僅かに存在しているものが要因となって、宇宙が生まれてきたと書かれています。つまり宇宙は何もない所ー「無」－から生まれたのですね。<br />　しかしこの宇宙を生んだ「無」ははっきりと知覚することのできない要因ー宇宙を生成発展させていく要因を、はじめから包含しています。<br />　内に生成発展する要因を持つ混沌とした状態ー「無」。これをペルシャ神話では「宇宙卵」と呼んでいますね。<br />宇宙卵が描かれている神話は、世界各地に点在しています。宇宙卵からの宇宙の誕生ーいうまでもなく、これは生命が卵から生まれてくることーここから類推されたものですね。<br /><br />　このように宇宙の始まりが宇宙卵であると考えるのは、神話に限られたことではありません。<br />ベルギーの天文学者であるジョルジュ・ルメートル(1894～1966年）は、宇宙のあらゆる物質は太古に宇宙卵ーコズミックエッグとして凝集されていたと考えました。またジョージ・ガモフ（1904～1968年）は宇宙卵を「イーレム(原初宇宙）」と呼び、ルメートルの説を発展させて、ビッグバンーイーレムの大爆発ーの理論を推し進めていきました。物理学の宇宙論が、神話の宇宙論と一致しているー宇宙の起源に関しては、むしろ物理学の方が神話から大きな影響を受けていったと考えられます。神話が物理学に影響を及ぼすー神話が現在に至るまで語り継がれてきた大きな理由の一つはここにあるようです。<br /><br /><br /> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>マイ・ライフ</dc:subject>
<dc:date>2008-04-27T10:53:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>マンリーコ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
</rdf:RDF>